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「インド仏跡巡礼の旅 インド・ショートトリップ」

6日目 12月23(水) バラナシ〜バンコク

とうとうインド最終日となる。インド・バラナシのガンガー(ガンジス川)。私が世界で最も行きたかった場所の一つだ。期待感で胸がいっぱいになる。

バラナシの早朝6時前、まだ空と街角には暗闇が残る。

牛も寝静まっている。

まだ人も疎らな大きな通りで車を降り、ガンガーに向かう薄暗い道を歩く。

その途中ガイドおすすめだというチャイ屋に立ち寄り温かいチャイを飲んだ。今朝はインドとは思えぬ寒さ(気温6度ほど)で、チャイの甘い温かさが身体じゅうに染みわたっていく。ここのチャイは、水を加えず牛乳だけでやっていて、またガスではなく炭でじっくり熱が加えられていておいしいのだと言う。

いよいよ川のガート(沐浴場)に出た。

空はようやく闇が薄くなりとなり、川は薄紫色にそまっている。

あまりにも美しい光景だ。ふり返ると満月が西の空に残っている。

小舟に乗り、ガートをみながら川下に下る。

冷たい水で沐浴する人、祈りを捧げる人、洗濯する人、ガートの外れには火葬場があり、朝早くから薪が焚かれている。人が焼かれているのだろう。

朝靄の中朝日が見えてくる。なんと神秘的な幻想的な風景だろうか。

感動をもって朝日を眺めた。

ガイドがいうには、この12月は、時期的に霧がひどくてちょっと先のほうも見えない日も多いそうだ。今日は本当にラッキーですよ、という。

西にはくっきりと満月が浮かび、東からは幻想的に日が昇る、こんな美しい風景を眺めたことはなかったかもしれない。ここまできて本当によかった。その思いを強くした。

現地ガイドによれば、本当であれば細かな路地を歩くのですが、そうしたとこには行かないようにと連絡が入っているとのこと。40人の死傷者を出したテロの現場のガートはほんのそこにあったからだ。帰りにはまたチャイ屋に立ち寄り、チャイを頂く。

もうすっかり日が上がっている。

清々しい朝の風景。牛も歩き回っている。

出発の昼までに荷物をまとめてホテルと周辺をリキシャーでうろつくなどして過ごす。

ここからバラナシの空港までは1時間ほど。

バラナシの空港は11月にできたばかりということだ。外からは非常に近代的な空港のようにみえる。テロ対策のためか、空港内にはガイドは入れないので、タネージャさんとはここでお別れとなる。

さぁここからはまた我々だけだ。空港内の手配は、ちょっと強面の空港係員が手配をしてくれる。チケットをみて、頭をひねる。(このインド人の頭をひねる動作は、日本人のうなずく動作と一緒なのだが、どうも我々を不安に陥れる、精神衛生上よくない)。なにかお金が必要だといってくる。「何だ?」。非常に聞き取りにくい英語なのだが、おそらく、「この空港は新しくできたばかりだ、しかしあなたのチケットはそれより早く発行されているので、(空港)税が足らない」と言っているようだったので、お金を渡して手配してもらった。無事に手配ができたようなので、荷物を預けるカウンターに進んだが。ここでも待たされる。そもそもカウンターに係員がいない。だんだんここに並んでいていいのかと不安になるが、インドで初めて見た日本人観光客が同じ列にいたのでとりあえず間違いないだろうと思いなおす。

やがてカウンターの係員が来てゆっくりと仕事を始めた。やっとバンコク経由の福岡行きのボーディング・チケットの発券となる。やれやれ。荷物とまた福岡で会えますように!!

荷物の預け入れと発券が済んだので、ごく当たり前にイミグレーションに出国手続きに向かうが。。。はぁ係員がいないじゃないか。。。どうなっているの。

おそらくその時間になっていないのだろうか。みんな手前のイスに座っておとなしく待っているようだ。さっきの日本人が係員に言いがかりをつけている。「おまえ!空港の職員だったらちゃんとした制服を着ておけよ!!」みたいなことを言ってる。お前そりゃ無理だろ。ここは成田じゃないんだ。デリーでもないんだ。インドの超ローカル地方空港なんだぜ。彼と同じ日本人として聞いていて気分が悪くなった。

しかし、まてでもまてども出国ゲートが開く気配すらない。どうなっているのかと思ったときに、ラビンドラさんが入ってきた。なんとこれから国内線でデリーまで帰るらしい。「ちょっとどうなっているか、聞いてきましょう。」「間もなく開くそうですよ。」なんだか地獄に仏のような気分だった。

そのへんのおじいさんみたいな人がのそのそとやってきたが、なんとその人がイミグレーションの係員だった。みんな一斉にならんで出国手続きとなる。ぞろぞろと列をなしての出国手続きでなんの緊張感もない。こんな出国は初めてだ。そのおじいさんが大きな声で「オールall」といったので私は?と思い。全身チェックか?と一回転したが、まだ「コールcall」というので「いとうつねのり!!」と発音してみた。どうも違っていたようだ。このおじいさんは「寒いだろうcold」と言っていたのだ。私が半袖Tシャツだったので寒そうに見えたのだろう。「おれは暑い!!」それだけで出国手続き完了だ。

次はセキュリティチェックなので、そちらに行こうとすると銃を背負って武装した係員からまだそこで待つようにとの指示を受ける。また足止めか。。。しかたなく座ってまつことに。しかし今度ばかりは待てど暮らせど一向に次に進むことができない。

いつものことなのか、タイのお坊さん二人は前の空港ロビーまでもどって座って待っている。イミグレーションを逆戻りするとか見たことがなかったのでちょっと驚いた。

空港についたのは2時間半もまえだったのに。もうあと30分しかないではないか。20名ほどが同じように待つ。近くにいた係員にまだかと聞くともうあと5分ほど待て、とか言うのだが、嘘ばっかりで、とうとう出発時刻になってしまった。もうそこにタイ航空が来ているのに、なんで係員がいないの。。。まるでカフカの「掟の門」のような気分になってきた。

とうとう我慢の限界なのか、台湾人の一行が実力行使に出た。10人ほどの団体でどうなっているのか!!と抗議を開始。

のそりとこんどはおばさんがやってきてチケットにスタンプを押しはじめた。やっとセキュリティチェックをぬけることができた。M君と一緒にゲートまでくると、なんと。。。

外に出るドアに鍵がかかっていて開かず、係員が「鍵はどこだと」慌てている。一体どうなっているのやら。ほんとうに考えられないトラブルに笑いがでてくる。スペアキーを係員がもてきて無事にドアが開き、やっとのことで飛行機内に到着。一連の最後のトラブルでへとへとに。右手にインドの風景をみながらさようならインド。しかしまた来るよ。

一路バンコク・スワンナプーム国際空港へ。行きと帰りでこれほどスワンナプーム国際空港の印象が異なるとは。薄暗くて無機質のように思えた空港だが、明るくて、清潔で、笑顔で、親切なカウンター案内と至れり尽くせりだ。「コップンカップ(ありがとう)。」

そういえば、ヒンディー語でありがとうって何というのだろう。インドで「ありがとう」と言われたことはなかったなぁ笑

text by Tsunenori Ito.

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