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「インド仏跡巡礼の旅 インド・ショートトリップ」

3日目 12月20(月) ブッダガヤ〜ラージギル〜ナーランダ大学跡

今日は、ラージギルの聖地、霊鷲山を目指す。ラージギルとは、古代マガダ国の首都であり釈尊の活躍されたまさにその地である。かつてラージャグリハ(王舎城)とよばれた。特に霊鷲山は、お釈迦様がたびたび滞在されお説法された地であって、特に重要な経典である『無量寿経』『法華経』などがここで説かれている。お釈迦様の最後を記す経典『涅槃経』は、釈尊が霊鷲山を発つところから始まっている。

ここ数年でずいぶん道が良くなり、今まで5時間ほどかかっていた道路も半分の2時間半ほどになったということだ。(以前はあまりの悪路にマッサージロード!!とよばれていたという)が、できるだけ早めに出発したほうがいいとのことで、7時30分にホテルを発つ。我々のインドのイメージとは異なって、今朝もずいぶん冷えている。ブッダガヤの大菩提寺を右手に過ぎ、尼蓮禅河を渡るとずいぶん郊外という感じがしてくる。

畑の中の一本道をひたすら走る。途中いくつかの街を過ぎてゆく。しかし、車は飛ばすとばす。道には人や動物がいて今にも轢くのではないかとひやひやする。

途中休憩を何度か入れる。何もない畑の中から人がつぎつぎと出てくる。子どもたちが遠巻きに集まってきた。一体どこから集まってくるのか。素朴な子どもたちの笑顔がすてきだ。裕福ではないがそれほど貧しくもないように見えた。外国人が珍しいのだろう。子どもたちだけでなく大人たちも集まってきた。

そんな感じで道中はゆっくりと移動した。しかし、車は猛スピードで2時間あまりで王舎城(ラージャグリハ)の城壁と言われるところに到着した。その当時の車が通った轍(わだち)の跡というところも見せてもらう。すっかり観光名所なのだろう。幼い子どもの物乞いが行くところ行くところでバクシーシをねだってくる。

続いて古代マガダ国の国王であったビンビサーラ王が幽閉された牢獄跡地を訪問。牢獄から向こうに見えるは霊鷲山。ここから霊鷲山まではそれほど距離が離れておらず、おそらく行者の足だと時間はかからないと思われる。この辺りの距離感感覚が今まで神話的な感じだったのが、実際に訪れたおかげで、がぜん現実味を帯びてくる。霊鷲山は観光地だが、その向こうの景色は、おそらく2500年前から変わらないだろうと思える。釈尊が見られた風景もさほど変わらなかっただろうと考えるとまことに感慨深い。

霊鷲山までの参道は、かつてビンビサーラ王が整備したといわれる。世界から参拝者が絶えることがないこの道は、現在うつくしく舗装・清掃されている。右脇には10メートル間隔で物乞いがうずくまっている。ここも老婆や子どもなどだ。

登山道はそれほど急な斜面でもなく、登り切るまでに20分ほどだろうか。

山上近くには釈尊の高弟であったシャーリープトラ(舎利弗)が修行した洞窟などがあり、山上にはチベットの旗がたなびいている。

頂上には「香室」といわれる聖域があり、靴を脱いで上がることになっている。私は日本から布筒と袈裟をもってきていたのでそれを作務衣の上に着て参拝した。たくさんの仏教徒で一杯になっているなか、一番前の方まで案内されて参拝することができた。「重誓偈」を一緒にあげる。ここまで来たというテンションが上がり気味でうろたえてしまっていたので、一呼吸おいてもっとゆっくりじっくりと参詣すべきだった。

帰りは数珠売りのおじさんが途中までしつこくまとわりついて離れない。外国人が多い観光地だからある程度はしかたないことなのだろう。帰りはあっという間に下まで戻ってきたように感じた。

霊鷲山近くにあるヒンドゥー教の聖地「温泉精舎」と仏教の聖地「竹林精舎」を訪ねる。温泉の方はヒンドゥー教徒の老若男女で大変な賑わいだ。北インドでも温泉があるところは少ないとのこと。ただし日本の温泉地とはまるっきり違っている。まるでお祭りのような賑わいだ。それに比べ竹林精舎は入場料もかかるのだろう。全く印象が異なり、静寂な感じを湛えている。さらさらした竹と調えられた小道を歩くとそこはインドの喧噪とは違う世界のようだった。

食事を近くのホテルでとる。日本食である。別の団体はタイ料理だということ。

車に乗り、向かうはナーランダー大学の遺跡だ。玄奘が学び。チベットに仏教を伝えた学匠シャーンタラクシタらが学んだ地。今なお発掘調査中なのであろうが、思った以上に全体がきれいに残っている(修復されている)印象だ。よくある写真は、僧院の上からからシャーリープトラのストゥーパを撮ったもの。僧院はシングルルームとツインの相部屋があり、特に優秀な学僧にはシングルルームが与えられたという。ここに五年在籍し優秀だった玄奘はこのシングルルームに在籍していたという。いにしえのインド学匠たちに思いを馳せる。

近くの学校の子どもたち(中学生ぐらい)が修学旅行に来ている。遠目から我々の姿をカメラ付き携帯電話で撮っている。この作務衣姿が珍しいのか。近づいてきて一緒に撮ってくれと言う。バクシーシをねだることもなく、純粋に外国人に興味津々なのだろう。女の子たちも近づいてきて、ここに名前を書いてくれとか言ってくるので、芸能人のようにサインする(笑)Mくんなどは肩まで組まれてモテモテの様子。

以前まではシャーリープトラのストゥーパに近づいて参拝ができたようなのだが、ここ数年は立ち入り禁止となっている。遠回りに一周する。遺跡の向こうには農村地帯が広がっていて、水牛を使って畑を耕す素朴な風景が広がっていた。

門を出たその前には博物館があってナーランダ出土品の展示などあり。門より外には相変わらずの物売りでにぎわっている。

同じ道をブッダガヤまで戻る。

ちょうど夕日がインドの大地に沈むのを、車を降りて眺める。インドの夕焼けは空が霞んでいるだけに美しく感じる。ホテルに着く頃はちょうど日が沈んだ後だった。

今夜は毛布を追加して頼んでいたので少しは温かくして眠れるようだ。

text by Tsunenori Ito.

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