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「インド仏跡巡礼の旅 インド・ショートトリップ」

2日目 12月19日(日) コルカタ市内〜ガヤ

今日の朝はゆっくりとしている。

ホテルの隣に面した一階のレストランでの朝食となる。私とM君は、トーストと卵料理、それにチャイをもらう。K氏は、朝っぱらから南インド料理を注文している。マサラ・ドーサというなかなかボリュームがありそうなのが出てきている。

朝ホテルをしげしげと眺めてみると、夜思ったよりは悪くない感じだ。パスポートも手元にある。今日はホテルをチェックアウトして、まず向かう先は、カーリー寺院。近くに車を停止してこの寺院へ続く道を歩いていく。

この通りは歩行者天国になっているようだ。チャイ屋。噛み煙草屋。花を売る人。物乞い。赤ちゃんを抱いた子どもたち。祈る人。警官。今日は日曜日でもあるし、いろんな人が群がってにぎわっている。その中を進んでいく。

最初にカーリー寺院に隣接しているマザーテレサの「死を待つ家」。

今は中を改装中で人は誰も居ないようだが、ここが有名な死を待つ家かと、そのローケーションに少々驚く。建物は喧噪の中に佇んでいる。カーリー寺院はヒンドゥーの有名寺院。ここではなんと今も山羊の生け贄が神に捧げられている。インドでも生け贄を捧げる寺院はほとんど無いようだ。信者たちで中はごった返している。写真は当然厳禁。

20数年前のことだが、私の先輩がこのコルカタに留学されており、このマザーハウスでのボランティアの話をされていたことを思い出す。「コルカタに遊びに来なさい、空港まで迎えにいくよ」。ずいぶん誘われていたが、20数年経ってようやくここまで来ることができたことに感慨を深くする。

その当時在世中であったマザーテレサも今はいらっしゃらず、在世当時の部屋を見学し、墓を参拝させていただいた。

次に向かったのはインド国立博物館。どでかい西洋風の博物館だ。感心したのは、仏舎利ぐらいで、2階にあったのは化石やら標本やら、ミイラやら、一体誰が見るのか分からないような雑多なものが埃をかぶったまま展示してあって、どでかい箱物に、ただ陳列してるだけ、という印象だ。

ここは有名なサダルストリートに面していて、少しストリートをぶらつく。

屋台などを見るがとても食べようという気にもならない不潔さだ。ここに比べてみるとバンコクや台湾の屋台が立派なレストランにさえ見えてくる。サダルストリートで昼食をと思ってレストランに入ってみるが、思っている感じとはまるで違っていたので、注文もせずに退席して、車に乗って近くのインド料理のお店に入った。ここは地元のドライバーなども利用するレストランと言うことだ。

タリー(定食)を頼んでしっかりとインド料理を堪能する。日本では、ナン一本槍だが、チャパティや米が主流だ。特にインディカ米は、南アジアの食事によくあうなぁと思う。

今日は夕方から列車に乗るため、ガイドがホテルから食事を持ち込むという。そのため、一旦ホテルに戻ってロビーでくつろぐ。現地のガイドが「年末年始の日本からのツアーはキャンセルが相次いで困っている。テロの後だからこそ安全なのに」という話をしていた。そういえば、このコルカタでは一人として日本人は見かけなかった。

ここから駅に向かう。私はハウラー駅とばかり思っていたが、今日はハウラー駅ではなくもう一つのコルカタの駅から出発するらしい。同じ都市に始発の駅がいくつもあるのはどうもややこしい。駅をしっかり確かめておかないと大変な目にあうだろうと思う。

コルカタの交差点で止まっていると、小学校低学年から保育園ぐらいの女の子・男の子が飛び出してきて車の窓に手を伸ばしてきた。さらに2歳ぐらいの子までもが。車の往来も激しく決死の覚悟でやっているのだろうか。何ともいえない気持ちになる。我々の横の車に乗っている夫婦は彼らにお菓子を与えていた。ここでは、与えられる者と与える者とがはっきりしている。

駅に着くとポーターたちが群がってくる。タクシーの駐車場に比べ、一般用の駐車場はガラガラで、ガイドが駅の窓口に行く間、車の中で待つことに。

もう乗車時間になったのだろうか。ガイドと離れないようにホームを駆け抜ける。駅のホームに入る場所にはセキュリティがあり、警官たちが銃を構えて警戒している。機関車を撮りたいが、銃の前に撮る勇気はなかった。そもそも駅などはテロの標的に成りやすい場所で、厳戒態勢がしかれてある。そうでなくても一般的に駅や橋は写真を撮ってはいけない場所なのだ。

もうすでに列車が入ってきている。ホームの左手に停車する「ラージダニー・エクスプレス号」。オレンジ色の列車だ。向かいのホームに停車しているのが、インドで一般的な青白の列車だ。二等車には鉄格子が嵌っている。

私たちのラージダニー・エクスプレス号は二段式の寝台のボックス席となっている。日本のB寝台と同じタイプだが、通路側縦並びにもう二段がついている。日本の列車にくらべてワイドゲージになっていてその分列車内が広くなっているのだろう。

私の座席はボックスの下の段になっている。同じボックス内は、私とオーストラリア人のカップル、親切なインド人という多国籍な面々。私がロンリープラネットのコピー製本を見ていると、横からオーストラリア人の若者が「薄いロンリープラネットだね」と言ってきたので「いやこれはコピーですよ。日本語版ですよ」。「そうなんだ。日本語なんだね」。「どこ行くの?」。「ブッダガヤにいきますよ。」「僕たちもだよ。君は何回もきたことあるの?」「ガヤには初めてですね」。このインドの中では、オーストラリア人との会話が妙にほっとした。

列車のボーイが「ベジか?ノンベジか?」と注文を取りに来た。「ノンベジで」と答える。

今度はボーイがチャイをもってきた。トレーにカップとティーパック、それにデザートが載っていて、別にポットがついている。作り方が分からなかったのだが、前に座っていたインド人が丁寧に教えてくれる。列車の中で、自分で入れたチャイはことのほか美味しかった。

ゆっくりなって眠くなる。横になってうつらうつらしているとすっかり眠っていた。食事で起こされる。前に乗っていたインド人はもう降りたようだった。ホテルから持ち込んだ弁当は冷え切っていたので、車内の食事をいただくことに。チキンと豆のカレーにチャパティ。チャパティは、銀紙に包まれていてべちゃつとなっていた。が、米とカレーは意外に美味しかった。

済んだ食事は足下に置いておくことになっている。また寝ていると今度はチップと言って起こされた。なかなか最初から最後まで眠れないのは飛行機と同じだ。

あっという間に目的の駅であるガヤに近づく。もちろん車内放送もなにもないのだが、車掌がまもなくガヤだと言いにきた。

ガヤに到着。ほぼ定刻通り!!しかし列車から降りてみると、暗いホームには人が寝そべっている。

奇声を上げる若者たちも居て恐ろしい雰囲気が漂っている。さらに駅舎に入るさらに驚くことが。

所狭しと無数の人が寝ている。一体この人たちは何をしているのか。「インドだ‥‥」。これまでアジアで経験した駅の雰囲気とはまるっきり違っている。雰囲気に圧倒され、私はその雰囲気に完全に飲み込まれていた。

駅の横に止めてある車に乗り込んで薄暗い町をぬけて、幹線道に出る。ブッダガヤまで25〜30分程だっただろうか。武雄から嬉野より少し遠い感じだろうか。今日のホテルは、スジャータホテル。ロビーには、仏像やら仏足石が置いてあって仏教の聖地という感じがしてくる。シャワーを浴びてゆっくりしようと思うが、いきなり停電。2〜3分して回復。停電はごく当たり前なのだろう。見れば、机の上には停電用のロウソクが置いてあった。また30分ほどで停電。この繰り返しであったので、枕元にはライトを置いてベッドに入り本を読みながら寝る。が、寒い。冷房は完備されているが、暖房の設備は無いようだ。服を重ね着して再び眠る。

text by Tsunenori Ito.

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